世界は圧倒的に複雑で、正しい判断なんてきっと出来ない

サトゥー

最近忙しさを言い訳にブログ更新をサボっていたサトゥーです。

先日、こんな本を読みました。

この本には、自分がここ2年くらいずっと考えていて、うまく言語化しきれなかった考えが端的に書かれています。(まぁみんな感じていることなんでしょうが)

 

こんなに僕がずっとモヤモヤしてたことが、こんなに簡単に手に入る本に、こんなにわかりやすくまとめられてしまったことに絶望すら感じています。(これすらも後知恵バイアスと言われてしまったらそれまでだが)

 

ということで。今日は僕がこの本を読んで考えたこと、考えてたことを色々ここで書いていけたらと。(話が飛び飛びになってしまいますがご容赦ください)

 

本については、こちらのページに5章まで無料公開されていますので、気になる方はぜひこちらをご覧ください。

大学生になって分かったこと。実力だけで勝てるのは大学受験までだということ。

僕は、それなりに一生懸命勉強して東京大学に入学しました。

一浪して東大に合格した凡人が浪人生活を振り返る。【大学受験】

大学に入学して、勉強の世界にも「上には上がいる」ことを知り、

何か自分の武器になるようなものが欲しいと思い、ずっと色々な分野で迷走しておりました。

 

怪しそうなセミナーに参加してみたり(おかげでその辺のリテラシーは身についた)、ネットや本を漁っては面白そうな考えに触れてみたり。

まぁそれなりに、自分なりにもがいてみました。

 

もがいてるうちに、インターネットが普及して実力主義になった(らしい)社会でも、
ブランディングとかPRとか信用とか、そういったニュートラルな言葉でラベリングされた虚無(的な何か)をいかにうまく利用して立ち回れるか

がないと生き残ることが難しいことが肌感覚でわかって来るようになりました。

 

 

これは本書でいう「錯覚資産」に近いものです。

 

…まぁ、分かっていましたが、努力して実力をつければ成功できるのは受験で終わり。なわけですね。

これからは、複雑すぎて「運」としか呼ぶことのできないものを「実力」で補うことが不可能になったと。

 

価値は変化するもの

話は変わりますが、僕は理系東大生です。

 

これはアスリートの前では全く役に立たないただの肩書きにすぎませんし、ましてやアフリカの子供達の前で役に立つこともきっとありません。

しかし、日本という小さな世界ではある程度の社会的信用を得ることができますし、受験の世界では価値を発揮するものであるという側面もあります。

このように、価値は状況によって大きく変動します。

 

 

また、僕は20歳ですから、東大生であるということにそれなりの価値があるかもしれませんが、40歳にもなって東大卒だと強調するのはちょっと違いますよね。

このように、価値はタイミングによっても大きく変動します。

 

 

価値は文脈に依存します。

この事実は知らなければ損をしますし、知っていれば武器になります。

 

つまり、僕たちは自分の力を伸ばすことに投資をしながら、

戦う土俵を選択することに対してもリソースを割いてゆく必要があり、

それができなければ自分の実績や経験は価値を持たなくなってしまいます。

 

 

積極的に勘違いさせないと、相手は見向きもしてくれない

価値が文脈に依存するのだから、適切な文脈でそれを生かしてあげる必要がある。

 

そのための方法の一つとして、「錯覚資産」化するというものが考えられると思います。

 

本で述べられている「勘違いさせる力」「錯覚資産」という言葉は、そのニュアンスからネガティブなイメージを受けがちですが、成功する上では必要不可欠なスキルだと思っています。

 

だって、みんなブランディングとかPRとか、信用だとか言って、結局やってることは「勘違いさせること」なのだから。

 

だからそもそも「勘違いさせること」にネガティブなイメージを持つこと自体がよくないのかもしれません。

 

勘違いさせたって、結果的に相手にメリットを与えてあげればいい話で。

 

そういう意味では、「相手を勘違いさせてあげること」って、社会で生きていく上で非常に重要なスキルになってくるわけです。

 

むしろ、みんなそうやって生きているんだから、馬鹿正直な自己肯定感低めの人間なんて見向きもされないわけです。

 

どういうスタンスで生きるのが健全なのだろうか

 

人生「綺麗に生きて成功する」のがベストです。

みんな、それを追い求めて生きています。

 

でも、多分それを達成するのは(少なくとも僕には)不可能です。

 

多分僕には地球を救うことはできないし、アフリカの子供すらきっと満足いくように救うこともできない。

それどころか、自分を幸せにすることすら危うい。そんな状況の中で僕たちは生きているわけですね。

 

 

そんな中、綺麗に生きて成功するなんていうのは、(現実主義者の僕にとっては)はっきりいって机上の空論にしか聞こえません。追い求めることに意味はあると思いますが、本気で達成しようと思っているなら、ど天才か、きっとバカです。

 

だったら、(事実上の)トレードオフの中でどっちを取るかって話です。

 

 

綺麗に生きる方か、成功する方か。

 

僕は成功したいです。

 

これは決して客観的な成功を指すわけではなく、自分が納得できるような人生という内容になってしまいますが、そこに妥協はいれたくありません。

 

だったら泥臭く、汚く生きて成功を掴みにいくか?

うーん。それもしんどそうです。

 

 

そこで考えました。

 

究極的には、客観的な価値基準なんてどうでもいいんじゃないか?

 

 

もちろん、山奥にこもらない限り、人間は社会の中で生きるのですから、何が善で何が悪なのか、何がよくて何が悪いのか、何が優れていて何が劣っているのか、そういう基準は持っておかないと、そもそも社会で生きることすら困難になってしまいます。

ただ、これはあくまで自分の外側、つまり社会に接する部分においてのみ持っていればいい話で。

自分の内面(本心?本音?)においては、そんなのぶっちゃけどうでもいいわけです。

 

だったら、綺麗だとか汚いだとか、善悪だとか、ホントだとかウソだとか、そういうのって意外とどうでもよく感じられてきませんか?

 

どちらが本当の自分だとかいう話ではなく。どちらも本当の自分なわけです。

 

世の中は僕らが想像する以上に複雑なのだから、変に「軸」とか「一貫性」にこだわる必要なんてなくて。

せめて社会に接する部分では客観的な成果を出し、自分の内的世界では徹底的に自分を追求すればいい。

そういう二面性を持って器用に生きてしまえば楽なのではないか。

 

 

この本にまさに、

何かを主張するときは、「一貫して偏ったストーリー」を語る。

しかし、自分の人生の選択をするときは、徹底的に「正しい判断」をすることにこだわるんだ。

判断のシステムを、二重化する。

と書かれています。

 

 

つまり、

基本的に本音では「何も盲信することなく、常に一歩引いた目で検証しながら判断する」というスタンスを取りながら、

必要に応じて騙された方がいい場合は、適度に騙されつつ、

騙した方がお互いのためなら、実害のない範囲でとことん騙し通す

というスタンスが一番いいのではないかと。

 

 

自分の人生、自分のモンですからね。

僕は根本的に、こう考えながら生きているつもりです。

 

人生は運ゲーなんだから早く真面目にやれよ、という話

 

究極的に人生は運ゲーです。

生まれ育つ環境も、出会う人も、自分が目的を持って選ぶことはできず、ガチャで当たった人生を生きています。

 

人間は死ぬほど間違えます。

ほとんどの場合、正しい判断なんてきっとできないし、この本に書いてあるように、研究でもそう示されているらしいです。(この分野疎いのでよく知りません)

 

ただ、ここで諦めるのはナンセンスです。要素は「確率」だけではないからです。

人生の面白いところは、「生きている限りチャレンジし続けることができる」ということです。

 

たとえ確率1%でも、何回も何回もこなせばそのうち当たると。

 

数うちゃ当たるわけです。そして、その数は自分の意思でコントロールできると。

CVR(Conversion Rate)が1/10でも、PVが10倍なら、コンバージョン数は同じ

なわけです。

 

成果を出したいなら、成功確率をあげることに投資するというだけでなく、試行回数をあげることにも目を向けなければいけないわけですね。単純に考えて、人生運ゲーなんだから、多くの人にとっては試行回数を上げた方が楽だよねって話です。

 

まさに、量が質を生むわけです。

 

悩んでる暇なんてないわけですね。

成功の先には指数関数的な成長が待っている

 

ある程度結果を出し、それをうまく錯覚資産として見せることが一回でもできれば、次のチャンスは以前よりも簡単にやってきます。

 

それは、錯覚資産自体が成功を引き寄せるものだからです。

 

成功が錯覚資産を作り出し、錯覚資産が成功を作り出す。

 

この無限ループ状態に入ってしまえば人生イージーなわけです。

 

だから、早く一個武器を見つけてしまう。そこまではひたすらリセマラしまくれ。という話。

 

 

人生は多分指数関数です。

 

 

具体的なセオリーなんていくらでもある。だからとにかくやれという本。

 

錯覚資産をうまく作ってしまえば、あとは器用に立ち回りさえすれば、その先には指数関数的な成長が待っているよと。

と、そんなことを考えさせられるようなきっかけになる内容がてんこ盛りの本でした。

 

非常に読みやすいのでぜひ皆さんも一度読んでみてください。

ただ、この本の内容は理解できても、なんとなく肌感覚として持っている人でないと、なかなか実践的なレベルまで落とし込めない気がします。

僕もまだモヤモヤが完全に消えたわけではありません。

 

というかそもそも、この本を読んで眼をつぶるのも一つですし、前に走るのも一つですね。

 

僕はまだまだ努力が足りません。

 

さぁ、明日もまた、いつかの自分の成功を夢見て頑張ろう。

ということで、今日もクリック頼んだ。

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