コミュニケーションからデザインを考えてみる

サトゥー

こんにちは、サトゥーです。

東大を休学して、現在デザイナーとして働かせていただいております。

 

最近、仕事のおかげか、生活リズムがめちゃくちゃいいです。

仕事から帰ってきたらそのままばたんきゅーして、翌朝早朝に目が覚めて、掃除洗濯とかをするという。

 

 

さて、最近ふと思ったことがあります。


仕事中に「あー」って思って、メモがてらツイートした。

 

この辺の話をちょっとしたいなぁって思っています。

 

注意

この記事中の社会学的な考察はすべて、理系が少しかじった程度の知識でなされており、実際の正しい知識に基づいているかは気にせずガンガン進めていくのでご注意くださいませ。

 

コミュニケーションとは

 

そもそも論として、コミュニケーションとは何なのかをある程度明確にしておきたいなと思っています。

 

google先生にコミュニケーションとは何か聞いてみましょう。

 

コミュニケーション(英: communication)もしくは通信(つうしん)、交流(こうりゅう)、意思疎通(いしそつう)とは、

社会生活を営む人間の間で行われる知覚・感情・思考の伝達[1]。
(生物学)動物個体間での、身振りや音声・匂い等による情報の伝達[1]。

(wikipedia コミュニケーション より)

 

サトゥー

なるほど、基本的に何かを「伝えること」がキーワードになってきそうですね。

 

気持ちや意見、感情や思考を全部ひっくるめて『情報』としてしまえば、コミュニケーションとは「情報を伝えること」と考えられるわけです。

 

 

コミュニケーションとデザイン

 

同じようにデザインとは何なのか、聞いてみました。

デザインの語源はデッサン(dessin)と同じく、“計画を記号に表す”という意味のラテン語designareである。

また、デザインとは具体的な問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、それを様々な媒体に応じて表現することと解される。

(wikipedia デザイン より)

 

デザインとは問題解決のために思考・概念の構築をし、それを表現すること。

 

 

表現はきっと、何かを「伝える」ためにあるものだと思います。

 

ということは、デザインってまさにコミュニケーションの1つと言えますね。

プロダクトデザインもグラフィックデザインもインターフェースデザインも、「伝えること」が最終的な目的であって、例えばプロダクトの形であるとかグラフィックの色、あるいはインターフェースの画面は、手段の違いでしかありません。

(「つながり」と「ブランド」をデザインするコミュニケーションデザインとは)

 

サトゥー

僕はデザインがコミュニケーションの一形態であると考えています。(”一”形態なのかどうかはさておき)

 

 

コミュニケーションの超基本的なモデル

 

コミュニケーションは「情報を伝えること」つまり「情報のキャッチボール」と言えますね。

そこで、次のような図式が考えられます。

送り手Aから受け手Bに情報が伝わる。

それが終わると次は、送り手と受け手が役割を交換し、送り手Bから受け手Aへと情報が伝わる。

 

これがコミュニケーションの基本的な図式であると考えることができます。

 

基本的なコミュニケーションにおけるデザインの役割とは

 

このような図式において、デザインは「情報」の見せ方を決定する力を持っていると思います。

デザインがアプローチすべきは図の真ん中の情報であると。

人間のコミュニケーションは単純なものではない

 

しかし、本当にそんな単純な話で済むのでしょうか。

 

答えはノーです。

 

人間のコミュニケーションは、こんなに単純なものではありません。

そもそもコミュニケーションがここまで綺麗で単純な形で成り立つことすら稀であると思います。

自分が意図しない結果になってしまうコミュニケーションの現場(いわゆる誤解とかそっち系)は日常生活の中にたくさんあります。

 

では、どのように考えればコミュニケーションの図式を正しく描くことができ、デザインの役割を知ることができるのでしょうか。

 

「コミュニケーションの図式」の問題点

 

イギリスの社会学者、デニス・マクウェールさんは、このようなコミュニケーションの単純な図式、つまりコミュニケーションを「情報のキャッチボール」と捉えることについて、次のような問題点があると考えているそうです。

 

  1. コミュニケーションの基礎に合理性や目的性があり、特定の目的の達成という意図が含まれているために、コミュニケーションの効率性が判定基準として適切だという暗黙の考えが含まれている。
  2. コミュニケーションを線的に捉えている。
  3. コミュニケーションがつねに送り手から始まると解釈され、「伝達されるもの」も送り手に属すものと仮定されている。

(社会学感覚(詳細は記事下)より)

 

つまり、僕たちはコミュニケーションというものを考える時、無意識的に、ある目的を持って相手に情報を送ろうとする送り手の視点になってしまっているというのです。

 

 

コミュニケーションの社会学的モデル

 

では、コミュニケーションの正しいモデルはどうあるべきなのでしょうか。

社会学的なコミュニケーションの基礎モデルは、これまで考えていた僕たちのモデルと比較して、次のような性質を持っています。

我々のモデル社会学的なモデル
基本的な構造情報のキャッチボール記号を媒介にした相互作用
意味の決定が何によってなされるか送り手の意図受け手の反応

 

コミュニケーションは記号を媒介にした相互作用である

そもそも、コミュニケーションは一方向的なものではなく、相互作用であるということです。

記号を媒介にして、送り手と受け手が相互作用をしてなされるもの。

 

記号とは文字や言葉、ジェスチャーを含むメディアのことです。

 

また、情報が移動するのではありません。あくまで記号的なものへの相互作用(例えば解釈とか)がなされるだけです。

 

コミュニケーションの意味は「受け手の反応」によって決定される

そして、もう一点重要なのが、コミュニケーションの意味を決定するのは本質的に「受け手の反応」であるということです。

 

例えば、さりげなく発した言葉に対し、相手が過剰に反応してしまったため、自分も思わず乱暴な態度を取ってしまうという「売り言葉に買い言葉」的なシチュエーションがいい例です。

最初の言葉の意味を決めるのは本質的には自分ではなく、言われた相手の態度が意味を決定してしまっています。

 

社会学者のミード的な思想です。「意味」というのは人間の心理的な状態に生じるものではなく、あくまでコミュニケーションのプロセスの中に客観的に存在するものである、と言えるわけですね。

文脈の中で意味が決定されると。

 

頑張って図式化してみると

さて、ここまでの話を元に、もう一度「コミュニケーションのモデル」を図式化して考えてみましょう。

 

「受け手の反応によって意味が決定される」のだったら、もはや受け手が送り手的な役割を果たしているのではないかと考えることもできますが、今回は便宜的に送り手と受け手を書いておきます。

ここでの「記号」はあまり特定の意味を連想されてはよろしくないので、わけわからんものを用いました。

 

もう一度言いますが、コミュニケーションは「情報のキャッチボール」ではなく、「記号を媒介にした相互作用」であると言えます。社会学的には。

 

改めて、社会学的なコミュニケーションモデルにおけるデザインの役割を考えてみる

 

さて、以前のモデルでは、デザインは一方向的な矢印にアプローチするものだという結論になりましたが、今回の場合はどうでしょうか。

 

 

デザインがアプローチすべき対象が、2つになっており、また、一方向的なものから双方向的なものへと変化しています。

 

 

2本の矢印から考えられる、4通りのコミュニケーション

ここで、はじめに僕がしたツイートをみてみましょう。

 


2×2=4通りのコミュニケーションとは、この矢印によって決められているものと言えます。

 

2つの相互作用から、2×2=4通りのコミュニケーションを考えることができます。

具体的にいうと、「送り手の意図」が2通り、「受け手の反応」が2通り。

  1. 「伝えた」ゆえに「伝わった」もの
  2. 「伝えた」けれど「伝わらなかった」もの
  3. 「伝えなかった」けれど「伝わった」もの
  4. 「伝えなかった」ゆえに「伝わらなかった」もの

 

1.「伝えた」ゆえに「伝わった」コミュニケーション

これはいわゆる健全なコミュニケーションです。伝えるということの可能性が示唆されますね。コミュニケーションが意図通りに達成されています。

 

2.「伝えた」けれど「伝わらなかった」コミュニケーション

伝えるということの限界性が示唆されます。ミスコミュニケーションや、ディスコミュニケーションというやつですね。

  • ミスコミュニケーション(miscommunication)…送り手と受け手の意図・解釈が違う場合。うまく伝わらなかったというやつ。
  • ディスコミュニケーション(discommunication)…そもそもコミュニケーションが成立していない状態。

 

3.「伝えなかった」けれど「伝わった」コミュニケーション

これは本来の意図と違った結果となってしまったコミュニケーションで、ある意味ミスコミュニケーションなのですが、「思い込み」というものの可能性が示唆されるという点では面白い結果です。注意すべきコミュニケーションの結果であると言えるでしょう。

 

4.「伝えなかった」ゆえに「伝わらなかった」コミュニケーション

これも健全なコミュニケーションです。ある意味コミュニケーションが意図通りに達成されています。伝えないことの限界性が示唆されます。

 

 

デザインに応用して考える

 

さて、デザインもコミュニケーションの1つであると言えますから、ここまでの考察をデザインという目線で考えることができますね。

 

4つのデザインの結果

デザインというものも、上の4つの分類に当てはめて考えることができます。

  1. 「伝えた」ゆえに「伝わった」デザイン
  2. 「伝えた」けれど「伝わらなかった」デザイン
  3. 「伝えなかった」けれど「伝わった」デザイン
  4. 「伝えなかった」ゆえに「伝わらなかった」デザイン

 

1.「伝えた」ゆえに「伝わった」デザイン

デザイナーの意図が、ユーザーにしっかり伝わっているという点で、理想的なデザインであると言えるでしょう。

UIデザインなどの機能性が重視される分野では特に、これを目標として取り組む必要があります。

 

2.「伝えた」けれど「伝わらなかった」デザイン

これは完全にデザイン的には失敗しています。

どんなに美しいものであっても、デザインとして機能していません。あくまでアートでしかないということです。

 

3.「伝えなかった」けれど「伝わった」デザイン

これは考察に値する、面白い副次的な結果が生じているパターンですね。事例がパッと出てこないのですが何かあったら教えて欲しいです。

 

4.「伝えなかった」ゆえに「伝わらなかった」デザイン

これもデザインとしては成功していると思います。

1.と同じような結果として考えることができますが、「伝えないこと」の限界性は考慮しておく必要があります。

 

 

まとめ

いかがだったでしょうか。

今回は、コミュニケーションというものを論理的に考えることによって、デザインについて考察してみました。

デザイナーとして活動している以上、このあたりの解像度は高めに、強く意識しておく必要があるな、と感じた次第です。

 

面白かったらぜひコメント・シェアお願いします。

 

参考

 

今回の記事を書くにあたって、参考にした文献です。というか僕はこの本が大好きで、ものごとを考える時にいつも参考にさせてもらっています。

 

ぜひ皆さんも一度、手に取ってみてください。

 

それではまた。

 

 

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