万有引力と魔術的自然観の関係から科学との向き合い方を考える

今日は授業で調べごとしてた時のメモをまとめて記事にしようと思います。

 

科学史の興味深いお話を少々。

 

Newtonの万有引力と、魔術的自然観

 

近代科学革命の総合を成し遂げたNewton(1642~1727)が考え出した概念に、万有引力というものがある。

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Issac Newton(画像はwikipediaより)

 

万有引力とは、簡単に言えば「この宇宙においてはどこでも、全ての質点は互いに引力を及ぼしあうとする」考え方である。

\displaystyle F = G \frac{Mm}{R^2}

高校物理でもおなじみのあの公式だ。

サトゥー

要するに、「りんごが一方向的に落ちている」というよりも「地球とりんごが相互作用的に引っ張り合ってる」っていうアレである。

 

 

この遠隔作用の考え方は、当時は時代遅れとされた魔術的自然観に基づいた「共感関係」の考えと非常によく似ている。

魔術的自然観の背景には、「自然界には遠隔的に作用する共感関係と反感関係が満ち満ちている」という考えがある。

この考えが通っていた当時は、人間の体は自然界とアナロジーの関係を持っているとされ(例えば太陽の異変は心臓に影響し、木星は肝臓に影響を及ぼすといったように)、自然界に対して行う錬金術を医学に応用できるというParacelsusの自然観が大きな影響を持っていた。

サトゥー

ミクロコスモスってやつ。

 

Newtonは経済学者Keynesによって「最後の錬金術師」と呼ばれたほど、錬金術の研究にも専念していた。(晩年は賢者の石の発見のために多くの時間を費やしたとされる)

錬金術に強い関心を抱いていたNewtonは、おそらくこの魔術的自然観に影響を受け、万有引力の概念の発見に至ったであろう。万有引力というのも、当時は斬新な発想とされたであろう共感関係のアナロジー的発想であることが考えられるのではないだろうか。

 

これは一般的な現代日本人の常識から考えて、極めて不思議な繋がりである。一見、科学と対をなすような魔術的な概念が、近代科学を大きく発展させる概念の元となるのである。

 

 

しかしここで、私たちは、魔術的自然観が席巻していた時代の人々が劣っていたとバカにしてはならない。

「魔術」はdella Portaによって、「自然界にある共感関係や反感関係を的確に識別し、それらをうまく操作することによって人間に役立つことを引き起こすこと」と定義された。

これにより、事実として、Paracelsus派の医学者は大きく影響を受け、「武器軟膏」と呼ばれる治療法が本気で主張されたのだ。

どう考えても我々には奇妙な話にしか感じられないが、決して奇妙な話とだけ言って片付けることはできないだろう。

当時はこれが彼らにとって「最も優れた」理論であり、最も科学的な考え方であったのだろう。

武器軟膏

「武器軟膏」とは、銃に撃たれて負傷した時に、傷に軟膏を塗るだけではなく、撃った銃の銃口にも軟膏を塗るというもの。つまり、傷口と銃口の間に生じている反感関係を解消することで、傷の治療を早めるという発想。

 

科学は絶対真理には到達しえない、という話。

 

改めてよく考えてみれば、我々が「信仰」する現代科学でさえ、あくまで現時点で最も有力とされる自然の数理モデルに過ぎず、これが絶対真理であるという保証はない

 

科学は真理に漸近するも、さらなる未来がある限り、真理に達することは実質不可能なのである。

これは科学的分析には要素の「抽象」(すなわち「捨象」)を伴うことからわかる。科学は普遍一般には適用できても、個別具体を語るとは限らないのである。

 

 

将来、仮に現代の科学理論よりも真理に近い理論が発見されれば、未来人が我々の自然観に対して向ける目は、我々が魔術的自然観に向ける目と似たものになることは想像に難くない。

そのように視野を広く持てば、科学は盲目的に信仰できるものではないことは明らかである。

だが同時に忘れてはならないのは、科学は数千年にわたる人間の知恵の結晶でもあるということである。

科学という過去数千年の専門家の総意に対して敬意を払いつつ、科学のさらなる発展のために、時には懐疑的思考をとり、より真理に近い考え・発見を生み出すことが現代の科学者たちの使命であると言えるだろう。

 

 

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